meg’s blog

愛も、自由も、全部欲張りに

働くのって何のため?お金のため?

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どーも、めぐみです。

今日は「お金を稼ぐ」ことについて、考えたいと思います。
最近ね、Twitterでこういった呟きを見ました。


大人と子どもの違い、そうやって考えると 私が大人になったのはついこないだ。
今年の4月、働きはじめてからになります。
生活するためのお金を自分で稼ぐようになってから、見える世界が がらりと変わりました。

「お金はない。けど、好きな人がいれば幸せよ~」なんて これっぽちも思えなくて、
自分の生活全体が 恋愛相手に求めるものがなんだか生々しいものになりました。

そうなって、自分がすんごいケチ臭い心の狭い人間に思えてきて。

卒業なんていう 他人が設定してくれたゴールはもうなくて、
終わりがない漠然とした不安で 毎日いっぱいでした。

自分の稼いだお金なら 自分の思い通りに好きなだけ使える。
だけど、自由に過ごせる時間は格段に減った。
それに、今稼げてるお金だって、本当に自分が欲しいものを手にいれるには十分じゃなくて…
毎日我慢してる。

結婚したって
我慢する毎日が普通になっていくのは、
こんな日常が何十年も続いていくのは、
怖い
嫌だ
耐えられない
って それが私の不安のもと。
気づけば、何をしてても不安がまとわりついてました。


会社員でも素敵なひと もちろんいます。
ただ、わたし個人にとっては 耐えがたいことに感じました。

性格的にあわないってのはもちろん、
会社員を頑張って続けても
私がしあわせに感じること、
将来なりたい姿に近づくイメージが
どうしても湧かない。

だけど 会社員は続けられなくても、
どうにか違う手段で稼ぎたい。
正直、自分で働きだすまで
お金に苦労した経験はなかったので
お金の悩みを他人に言うのも
こんな欲求感じるのさえ
恥ずかしいことだと思ってました。


でも、もう必死にならざるを得ないんです。
たったこれだけのお給料をもらうために、
満員電車に毎日乗るのも、
尊敬できん人に媚びへつらうんも、
他人からどう思われるか いちいち気にするんも、
得体のしれんでっかいもん(国や会社)のために
わたし個人の貴重な時間を捧げるんも、
もう嫌です。
恥ずかしい気持ちなんて
比べ物にならないくらいには。


でもね、嫌だというばかりじゃ
わたしの目の前にある日常が
勝手に変わっていってくれることはないの
知ってるから、できそうなとこから始めます。
まず変えるのは、日々の自分の考えと行動。

わたしの場合、
自分の好きなことで
お仕事を頼まれるような人になるとこからですね。
個人でお仕事頼んでくれる人との
信頼を築きあげてくこと、
これから生きてくなかで
地道にやっていきたいなぁと思ってます。


時間を対価にせず稼いで
お金のこと気にせんでいいくらい
欲しいものを欲しいときに手にとれる
そういった働きかた・生き方が
できるようになったとき、
子どもみたいに 天真爛漫な自分になれる気がします。
それは子ども時代のわたしに
もう一度戻るって感覚じゃなくって
一皮突き抜けて、破るかんじ。
冒頭お話ししたTwitterの呟き
どちらの枠にもはまらない、
子どもでも大人でもない何かになるってこと。


あなたにとっての、お金って どういったものでしょう?
「お金がないから○○できない」って考えは そう言ってる本人にとっては真実だけど、
客観的に見たら 思い込みに過ぎないと私は考えてます。

もうあなたが働ける年齢なら、
自分の得意なこと 好きなことで
真剣に取り組んでいれば、
価値は生み出せて、自然とお金もついてくる。
まずは 得意なことに気づくの一苦労だし、
自分と真剣に向き合うのなんてのは
自分の弱いところを正確に把握して
行動する必要があるから
生半可なものじゃない。
どう考えたって 手間もコストもかかります。
だから、わざわざ 乗り越えようとする人は
ごくわずか。

でも、そこを自分が乗り越えて
誰かが同じようにその壁を乗り越えるための
お手伝いを私ができたとしたら
それって たぶんすっごくいい気分。


そうなるために 最初は自分が好きなこと
今はへったくそな状態をさらけ出すことから
わたし始めます!
いっぺんさらけ出しちゃえば、
下手くそなままじゃ恥ずかしいもの。
どうにか上手くなっていく自分を
イメージできたら もう準備万端。


失敗するなら、少しでも若いうちのほうが恥ずかしくないはず。